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個人間の人間関係が大切なように、企業としてのコミュニケーションも同じくらい重要です。企業としての振る舞い、メッセージ、コミュニケーションに関して相談を受けることも多いので、今日は私たちの立場を明確にしておきましょう。

メッセージを届けるとき、誤解や誤読を恐れる場合もありますが、むしろ私たちは誤解や誤読を与える余白や余地、揺らぎを残しておくことを意識してデザインしています。きっちりとメッセージを伝えるというよりもメッセージを届けた後の感覚に重きを置いているからです。後味の悪い読後感のようにせず、なぜか不思議と好感が残る。そして、思わず誰かにシェア、もしくはメッセージを発信したくなるような、そんな状態を意識しています。きちんと正確に届けようと思っている事より意識している事です。

もちろん前提はあります。認知科学の観点から色メガネを外すことはできず、100%通じあえないということ。発信者の思った通り、受信者は受け取っていない。究極的にはどこまでいっても解り合えないという前提です。

次に、時代的な背景から。作り込まれたプロダクトやサービスにどこか窮屈さを感じるように、企業や組織、コミュニティに置いても完璧すぎるとどこか息苦しさを感じます。テクノロジーの発展、浸透もあり、個人で安易に情報発信できるようになった背景も大きいでしょう。人類総アーティスト、総クリエイター時代なんてよく言われますから、参加したがっている機運もあるのかもしれません。こういった時代背景から、発信者と受け手、企業と個人によるキャッチボール、共同作業、物語性が当たり前のようにもなってきたという背景も考慮しています。

最後に、審美性の観点から。私たちのクライアントにはその先のクライアントも存在することもあります。またその先にも家族や友人、大切な人たちがいます。そういったエンドユーザーやその先の人たち、社会との接点において、美しくあること。社会の景観を損ねないように馴染ませていくためには、一方的に創り込むよりもインタラクティブに創り上げていく方がより美しくあると考えているからです。

トップダウンのメッセージは確かに統制は取りやすいとは思うのですが、どこか面白みに欠ける。クラシカルでマッチョな佇まいも嫌いではないのですけど、どうも文脈や背景といった曖昧なものは軽視されがちなように感じます。ですから、せめて私たちは内容と同じくらい文脈を大切に設計し、反感よりも好感の残るコミュニケーションデザインを心掛けているのです。KIGOの運用ですね。

では、好感と反感を分かつものは何でしょうか。よく世界観や価値観が異なるからと言われるのですが、私たちは形式を重んじています。ディスコミュニケーションの真因として“観”よりも“箱”にあると考えているからです。

どうも窮屈に感じてしまうメッセージは採用できる形式が少ないため。どんなスタイル、形式でも自分たちの色を出せる。それが強さであり、余白を兼ね備えた美しさであると思います。企業としての“観”を磨いていくことも大切ですが、同じくらい“箱”を増やしていくと社会の景観に彩を添えることができるはずです。好感が醸成される過程には“箱”のストックとメンテナンスが不可欠な時代だと思います。

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