炎天下の中、熊本県荒尾市にある三池炭鉱跡地を見学してまいりました。なかなか味わい深い場所です。石炭から石油に変わる転換点の象徴。時代の移り変わる今、重なりリンクするところがありました。考えさせられます。
地下270メートル、湿度95%、38度の密室での8時間労働。弁当は白米とタクアンと梅干し。
男性のみならず、女性までも腰巻ひとつで真っ黒になりながら働いていた
とガイドさんは教えてくれました。昔の日本人の逞しさには異形の念を覚えます。エネルギーを生み出すための労働。アナログな機械を人間達の手だけで賄うには足りず、馬の力も借りていたそうです。炭鉱ポニーは比喩ではなく文字通り馬車馬のように働かされ続ける。真っ暗闇の中から二度と出ることは出来ずに、陽の目を見ることはない。光のないところで一生を過ごすので、やがて目は見えなくなり、痩せ細って死んでいったそうです。その命、たったの2〜3年。地表で暮らしていたら20年の命はあるにも関わらず、2〜3年ほどの命で役目を終えていたという話を聞かせてもらいました。
私たちは炭鉱ポニーといったい何が違うのでしょうか?
私たち個人一人ひとりであっても、会社や組織一つ一つであっても、いつの間にか鎖に繋がれ、気づかないうちに生命力を小さくしてしまうことががよくあります。自由を手にしているつもりであっても、気づいたら真っ暗闇な炭鉱だったということもあるでしょう。いきなりルールが変わって、世界が変わった時に何を選択するか。どう振る舞うか。自家発電できなくなると、外部からエネルギーを補充しようとします。意識的にしろ、無意識的にしろ、癒しを求めるようになるのです。
「癒されて、そのあとどうするの?」
「癒し」とは空しさのひとつの現れにすぎない。自分が充実して満ち溢れるのではなく、外から何かを貰いたい、受動的な束の間の充足。だから、たとえ癒されても、またすぐ何かを求めたくなる。栄養ドリンク的な補充なので、やがてまた枯れてしまい、そして外に求めるようになる。こう指摘するのは、かの岡本太郎の実質的な妻(法的には養女)である岡本敏子さん。芸術はいやったらしい、決して心地よくないもの、だから素晴らしいのだという話の文脈からの例え話があったので、引用させてもらいました。
芸術に限らず、経営もそして人生も一緒だと思うのです。苦しみ、痛みも伴う。決して心地よいものではないかもしれないけど、その先にある風景は美しいことを私たちは知っています。だからこそ、私は人間と人間の奥底に潜むヒリヒリしたイヤらしい交錯を望んでいます。世界の半分以上がマスクに覆われている今だからこそ余計にかもしれません。
見学で訪れた荒尾市は熊本ですが、福岡県の最南端である大牟田との県境にあります。炭鉱跡地を見学したあとは、大牟田に戻り草木饅頭の食べ比べをし、岡山ラーメンに種姓を持つ大牟田ラーメンを体験。炭鉱で顔を真っ黒にして働いた男たちの胃袋に吸い込まれ続けた魂のラーメン。大牟田ラーメンと餃子とビール。炭坑夫達の熱い夏に少し近づけたような気もしました。
福岡と熊本の狭間でのブルージーな空気に、次の時代のヒントが見え隠れしました。私たちが向かうべき未来をうっすらと予感させます。